「東京オリンピック 1964年 女子体操」で少しだけ触れました、
「オリンピックの名花」、
「体操の名花」、
「東京の恋人」
について書かれた新聞記事を見つけましたので、
改めてご紹介したいと思います。
「名花」・「恋人」情報
<氏名・年齢等>
ベラ・チャスラフスカ(1942~) 当時22才 旧チェコスロバキア(現チェコ)
※2016年8月30日没 74歳
<愛称>
オリンピックの名花、体操の名花、東京の恋人
<東京オリンピック成績>
金メダル…個人総合※1、※2、平均台、跳馬
銀メダル…女子団体総合
※1 1位のチャスラフラスカは22歳、2位はラチニナ30歳(ソ連)、3位アスタホワ28歳(ソ連)。
(当時10代の体操選手はまずいなかったそうだ。因みに同大会の日本人選手のなかに、30歳の2児の母、28歳2児の母がいた。)
※2 当時チェコスロバキアはソ連の衛星国だった。(ワルシャワ条約機構)
新しい記事とは?!
昭和39年10月26日(月)中部日本新聞より
<記事内容>
=新女王誕生=
真っ赤なユニホームの躍動美。
静まり返った一瞬。
ブロンドのおくれ毛をそっとなであげるチャスラフスカ。
彼女は東京体育館の人気をひとり占めにした。東欧チェコの美女。
二十二歳、160センチ、55キロのはちきれそうな身体が
器械やフロアいっぱいに織りなす躍動の名演技に観衆は酔った。
金メダルがふくよかな胸に大きくゆれていた。
ラチニナからチャスの時代へ。
新しい体操の女王は「ドウモ、アリガト」。
かたことの日本語がかわいらしかった。
昔の新聞記事の表現って、ちょっと何じゃないですかねぇ?
やはり大らかな時代だったからなのでしょうか。
- 「ブロンドのおくれ毛をそっとなであげる」
- 「はちきれそうな身体」
- 「金メダルがふくよかな胸に大きくゆれていた」
男性誌ならともかく… (個人的には問題ありませんが(^^))
やはり、凄い人気だったということなんですよね!
当ブログ記事の動画です↓