100Kブログでは、ひょんなことから押入れのタンスから
出てきた、 「1964年 東京オリンピック」の新聞記事が
発端で、まだわずかでは ありますが、
同オリンピックをはじめにその他オリンピックの
各競技で主に金メダルを獲得した選手たちを
焦点にして書いてきました。
が、それら選手達を調べているなかで、
女子陸上の依田選手のことを 書いた記事が
目に留まったので、読んでみました。
依田選手とはどんな選手だったのか!?
氏 名:依田郁子(よだいくこ)選手 (東京オリンピック当時26歳)
出身地:長野県
所 属:リッカーミシン
種 目:女子陸上80m障害
成 績:世界5位 (この記録は、人見絹枝選手(1928年、アムステルダムオリンピック 女子トラック種目 800m)以来、36年ぶりの入賞)
<右新聞記事内容>
記事内容は以下のとおり。(字が小さいので)
スタート前
レモンを口にあてるとすっぱい味がジーンとしみる。
「いいえ、気を落ち着けるためなんです。
こめかみにサロメチールを塗るのも……」。ムギワラ帽子。成田山と明治神宮のお守り。
男のようなとんぼ返り。かつげる縁起はみんなかついだ。
だが、この日、期待の八十㍍障害で、惜しくも5位となった。
スタンドでジッと見守っていた恩師吉岡コーチはやめていたタバコにはじめて火をつけた。
参 考:吉岡コーチ…「暁の超特急」と称された、吉岡隆徳コーチのこと。
(※吉岡隆徳・・・男子100m 10秒8 世界6位 ロサンゼルスオリンピック 1932年にて 得意のスタートダッシュは、同種目の金メダリストからも認められていた。)
依田選手の何に目が留まったのか?
前見出し写真及び、上顔写真横の新聞記事内容にもありますが、
依田選手のスタート前の奇行というか、儀式というか、今風でいうならば、パフォーマンスというのでしょうか…。
サロメチールは実は、こめかみだけではなく全身に塗りたくったり、
唾も手に吐いて全身に塗りたくる。また、とんぼ返りの他に前転もしていたようです。
依田選手に何が起きたのか?! そして最期
もともと、そういうものをもっていたのでしょうか。
彼女は、東京オリンピック後に引退し結婚をされ、引退後は後進の指導に
当たられていたようですが、1983年、45歳で突然遺書も残さず自殺されています。
※驚いたことに、自殺された年から遡ること23年前、彼女は、東京オリンピックが
開催される4年前の1960年ローマオリンピックの代表選に漏れた年に自殺未遂を
起こしていました。
彼女は亡くなる前に膝の手術を受けたが、術中にアクシデントから手術を中断。
その後、亡くなる直前まで普通に家事をこなしていたようですが、家族に内緒で鎮痛剤を所持していたそうです。
自殺原因は、今でも不明となっています。