激動の昭和の時代と、「岡崎」を中心に西三河、愛知県などこの地方の現在・過去・これからの情報を随時更新していきます。 ときどき、我が家でのおもしろ情報もアップしていますので、読んでみてくださいね。

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岡崎(おかざき・Okazaki)

岡崎城へ!

投稿日:2013年9月3日 更新日:

三河武士のやかた家康館を出て、からくり時計塔脇を通って、堀を右手にみて岡崎城に向かいます。

現在の岡崎城は、昭和34年3月30日に設立され、構造は鉄筋3層5階です。

(※下写真がからくり時計です。からくり時計のこの状態が撮影できたのは、実は、これから紹介します岡崎城を見学した後、帰宅のため公園を横切って、駐車場に向かう時がちょうど、15時だったからです。人形は動きますし、面をかぶったり、取ったりもします。)

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(からくる時間は、以下のとおりです.。ご参考まで)

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さて、14時を過ぎて、空腹を我慢している私たちを見透かしているかのように、園内売店の貼り紙「おでん」が誘惑してきます。

しかし、ここで食べてしまったら夕食に差し支えるので、グッと我慢して岡崎城正面に急ぎます。

岡崎城正面到着です。

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亀趺(きふ)の上の碑に何か書いてあります。

すぐそばに以下表示板がありました。碑にある記載文です。

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東照公遺訓碑

「人の一生は重荷を負て遠き道をゆくがごとし、いそぐべからず、不自由を常とおもえば不足なしこころに望おこらば困窮したる時を思いだすべし、堪忍は無事長久の基、いかりは敵とおもえ勝事ばかり知りてまくることをしらざれば害其身にいたる、おのれを責て人をせむるな、及ばざるは過ぎたるよりまされり。」 慶長8年正月15日

人はただ身のほどを知れ草の葉の 露も重きは落つるものかな。

※征夷大将軍に任ぜられた年にこの遺訓を書いたと言われているそうです。

なるほどです。

でも、私からも一言!

「言うは易く行うは難し」(出典は私ではないです。念のため)



岡崎城の中は、歴史資料館となっています。(10/27まで妖怪道五十三次 鬼太郎たちとめぐる 東海道の旅」の第二会場となっています)

1F…チケット売り場、簡単なおみやげ売り場

2F…岡崎藩の藩政と農民支配について紹介

3F…城下町の文化と産業

4F…城と城主

5F…天守閣

↓天守閣から撮った写真です。

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(緑が美しいです。)

まだまだ暑かったですが、天守閣までくるといい風が吹いていて気持ちよかったですよ。

しっかり天守閣で涼んだのち、帰宅のため岡崎城を出て公園を通り抜け駐車場に行くまでの間に「徳川殿」とお会いしたので、

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丁寧にお礼を言って、岡崎公園を後にしました。

<新着情報>

三河武士のやかた家康館で、9月6日(金)から12月4日(水)までの間「相応寺の名品」展が開催されるそうです。近いうちにまた来ようと思っています。

 

 


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